ドビュッシーと僕

私はロックからクラシックまで幅広く聴きますが、クラシックの中ではドビュッシー、モーツァルト、ベートーベン、エリックサティ等が大好きですが、今回はドビュッシーについて語りたいと思います。

ドビュッシーの曲を初めて聴いたのは「月の光」でした。

何処からともなくかかっていて僕は月の光を聴いた時、せつなくて悲しくて、美しい感動になりました。これほどまでに儚い美しい曲があるのかと思うほどでした。

それからアラベスクや亜麻色の髪の乙女等を聴きまくりました。

休日の時は毎日流して耳にタコが出来るほど聴いたぐらいです。

僕はドビュッシーの曲にある種の狂気じみたものを感じました。

そして、ある音楽大に行っていた友達が、教授に「君はドビュッシーの曲についてどう思いますか?」と聴かれた時、友達が「とても美しいと思います」と答えると教授は少し声を荒げ「違う!ドビュッシーの曲にはとてつもない狂気があるのだ!」と言ったらしいです。

なのであながち、僕の感性も中々なのものなのだなぁと心の中で自画自賛をしました。

また、「リリィシュシュの全て」という映画の中でドビュッシーの曲が良く流れるのですが、あの映画はまさにドビュッシーのためにあるというほどまにドビュッシーの曲とマッチしていました。

現代(といってかなり昔)の思春期の中学生たちの心の闇を描いた作品で、僕もちょうど主役の人達と同じ年齢だったのでとても共感が出来ました。

悲しく、切なく、美しく、儚い、その全てが詰まったドビュッシーの曲はその映画もまた悲しく切なく、美しく、儚かったのです。だからこそ完全にマッチしていました。

ドビュッシーの曲にはどうしようのない美しさというのがあります。

どうしたら良いのか分からないといった感情に支配されます。

それは僕の精神状態にとって良い影響を及ぼすのかそれとも悪影響を及ぼすのか、それともその両方なのかかりません。

ただ一つ言えるのは僕はドビュッシーの曲が狂わんばかりに好きだということです。

精神的に病んでいる人や感性が鋭い人(感性が鋭い人は精神的に病んでいますが)はドビュッシーの曲が好きなのではないでしょうか。

ドビュッシーの曲を聴いて自分の心が癒されるのかは分かりませんが、聴きざるおえなくなるのは確かです。